「角筈にて」あらすじ

貫井恭一49歳。東大を卒業し、一流商社に就職、一貫してエリートの道を歩んできた彼には大きな転機が訪れようとしていた。上司が派閥抗争に破れ退陣を余儀なくされたのに伴い、腹心の恭一もブラジルへの左遷が決まってしまう。役員昇進を目前にしての仕事で挫折。恭一の身の上を案じる部下たちと酒を飲んでの帰り、恭一は若いころに通いつめた角筈のゴールデン街に1人、立ち寄る。午前1時を回り表に出ると、目の前を女子高生が中年サラリーマンと連れ立ってラブホテルに入っていくところを目撃してしまう。通勤時に見かける女子高生、未来の後を慌てて追いかけた恭一は、彼女の父親だと偽り寸前のところで援助交際をやめさせるが、未来には理解されない。実は恭一のこの行動には理由があった。

またいとこの久美子と結婚したものの、父親になる自信を持てずにいた恭一は、若さや仕事を理由にせっかく授かった子どもを中絶させてしまう。この時のことが原因で恭一夫婦は二度と子どもを持つことが出来なくなった。「もし、あの時の子どもが生まれていたら、丁度彼女ぐらいだろう…」そんな思いで恭一は未来を眺めていたのである。

父親になることを拒否してしまった恭一には、忘れたくても忘れることのできない過去があった。42年前、恭一8歳の夏。新宿・角筈のバス停で父に捨てられてしまう。母方の伯父一家に家族同様に迎えられた恭一だったが、諦めながらも心のどこかで父親が迎えに来てくれることを信じていた。しかし、いっこうに現れない父…。自分の家の表札の横に「貫井恭一」という手作りの表札を掲げてくれた伯父。東大の合格発表の時には、家族総出で本郷に来てくれた。そんな温かさの中で育ちながらも恭一は「父に捨てられた」という心の傷を持ち続けていたのである。出世が決まった同期・安岡と新宿で飲んだ帰り道、恭一は人ごみの中に「父」を見かける。慌てて追いかけるが、見失ってしまった。様々な思いが恭一の胸をよぎる…。帰宅し、早速久美子に報告するが「錯覚よ」との返事。恭一自身も長い月日が経っているため、確信が持てない。しかし、これをきっかけに恭一はそれまでの自分を振り返り始める。

そしてブラジルに旅立つ日。成田に向かう途中で立ち寄った新宿・花園神社の境内で、遂に父と出会う恭一。その父の姿は…。

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